雑文屋 環

散らします。日常に浮かぶ言の葉。

たまきと愉快な仲間たち 上映会編

f:id:bunya-tamaki:20190312130850j:plain

思春期、それは…

青年期の前期。第二次性徴が現れ、生殖が可能となって、精神的にも大きな変化の現れる時期。ふつう12歳から17歳ごろまでをいう。

Wikipediaより

精神的にも大きな変化をもたらし、端的に言えば異性に強い興味を持ち始めるお年頃。若き高校生たまきにも、その兆候は著しく顕れていた。

 

登場人物

  • たまき ……… 物語の主人公。母子家庭で団地暮らし。上映会の場を提供。
  • ニシオ ……… たまきの小学生時代からの幼馴染。抜け目なく逃げ足が速い。
  • 帝王  ……… 高校の同級生。セクシービデオのコレクションはツタヤ並。
  • ヒデ  ……… 人当たりは良いが成績は常に赤点。追試の常連。
  • 斉さん ……… 歌って踊れるキレのあるデブ。真顔で高破壊力のボケを放つ。

 

たまき少年は団地で母親と暮らす母子家庭ということを除けば、ごく一般的な16歳の高校生である。普段は図書室で本を読み耽るような、いわゆる内気な少年だった。だがこの日は違った。仲間たちとある試みを行おうとしていたのである。

 

もくじ

 

とある下校風景

下校時刻…ブレザーの制服に身を包んだたまき少年が、足早にバス停に向かっている。小脇に抱えているのはいつも手にしている単行本よりはやや小ぶりな直方体だった。市内の書店名とロゴが描かれている、つるりとした質感のビニール袋に包まれた"それ"を大事そうに抱えるたまき少年の後ろを、同じ制服姿の少年が3人歩調を合わせて付いてくる。

 

「なぁたまき、今日ほんとに親いないんだろうな。」

ツーブロックに切り揃えて、制服をだらしなく着崩した少年が口を尖らせる。

 

「大丈夫だニシオ。今日は用事があるって言ってたから、9時まで帰ってこない。」

片目をつぶり不格好なウィンクをしながらたまきは答える。こいつはいつも心配性なんだ。小学校の頃からずっとだよ。

 

そう…今日は大丈夫なはずだ。問題ないはずだ。バス停に着くと、たまき少年は時刻表を確認したのち、もう一度"それ"に視線を落とし、今朝の帝王とのやりとりを克明に思い出すのだった。

 

8時間前、教室で

「たまき、持ってきたぞ例のブツ。」

その痩せぎすの少年は神経質そうな目つきで周囲を軽く見回すと、小声でそう切り出した。この男が帝王である。手にはビニール袋に包まれた直方体。それを渡されたたまき少年は、1時間目の数学の準備を止めて相好を崩した。

 

「おまえの好みに合わせてチョイスしたから。」

と帝王は言う。それを受けてたまきは短く礼を言うと、すぐさま同じ教室内のニシオ、ヒデ、斉さんの3人に"それ"を手に目配せをした。本日決行。視線を交わした少年たちはそれぞれ頷き合った。

 

保健体育の鬼

「どんな内容なの?それ。」

バスの中ほど、つり革に捕まり横並びのオレたち4人。右隣に立つキレのあるデブこと斉さんが、車窓から覗く商店街を眺めながら問いかける。

 

「わからん。でもオレの好みに合わせたって言ってたから、童顔でぽっちゃり系なんじゃないかな。」とオレは答える。それを聞いて左隣の眠そうな目をしたヒデが

 

「俺のタイプはスレンダーな人だな。黒髪がサラッとしててさ、例えば仲間由紀恵みたいな。」とこちらに身を乗り出して割って入る。おまえの好みは聞いてないんだが。まぁ黒髪美女も悪くはないが、帝王のことだ。どストライクの作品を選んだに違いない。

 

ここまで審美眼を信頼される帝王と呼ばれる少年は、いったい何者なのか。そもそもなぜ帝王と呼ばれるに至ったかはわからない。ただ、他の教科に比べて保健体育の成績が抜群に良く(主に保健)、自室には親に内緒で改装した二重本棚があり、そのコレクションは思春期の少年たちにとっては万金に値すると言われている。つまり、この分野に関してはかなりの事情通、もとい情事通なのである。

 

自宅の一室を目指して

バスの車窓からは次第に駅前商店街の喧騒が止み、まるでドミノのような無機質なマンションが立ち並ぶ風景が広がっていた。間もなく自宅の最寄り停留所に差し掛かる。

 

バスを降りたオレたちは瀟洒なマンションを尻目に、四字熟語ならば"質実剛健"が最も適しているであろう"K川県営住宅"の"C棟 505号室"を目指す。そこがオレの自宅だった。

 

「お邪魔します。」

誰もいないというのに、律儀に挨拶をするのはニシオだ。

 

「ああ。本当に邪魔だ。」

オレは軽口を叩いて手で制する素振りを見せながらも、皆を奥の和室に招き入れる。昼間だというのにカーテンを締め切った薄暗い部屋の中央壁際には、40インチ程度の液晶テレビとビデオデッキが鎮座していた。

 

始まる上映会

全員室内に入ったところでふすまを素早く閉めたオレは、手に持った"それ"のビニール袋を取り去り、中に入っている物を一息に取り出した。それは背表紙のない、1本のビデオテープだった。

 

皆の生唾を飲む音が聞こえるかのようだ。ヒデなどはトレードマークの眠たげな目を見開いて、ビデオテープを凝視している。斉さんも心なしか緊張した面持ちだ。

 

「それじゃあ…再生するぞ。」

ビデオテープをデッキに差し入れると、画面には一人の女性のインタビューが映し出された。話している内容自体はあまり興味はなかったが、やはり帝王の目に狂いがなかったことを再確認した瞬間だった。

 

春機とはすなわち

異性に対する性的な欲情。性欲。

1. sexual desire

「お…おぉ…」

ニシオからため息のような声が漏れる。インタビューの内容は次第にエスカレートしていく。規約に触れるので書けないが、画面の向こうでは徐々にそういった営みが展開されていった。

 

食い入るように画面を見つめるオレたち4人。永遠に続くかのような充実した鑑賞だったが、そこに突然玄関扉のノブを乱暴に回す音が聞こえた。

 

無慈悲なるもの

「たまき、帰ってるの!?」

一同はお互い顔を見合わせたのち、パニックに陥るのだった。母の帰宅だった。

 

「たま!帰り遅いんじゃねーのかよ!?」

斉さんが叫んだ。

 

「知らん!つーかどうすんだよこれ!」

オレも負けじと叫ぶ。画面では教会のステンドグラスの如く大きくモザイクが映し出されていた。

 

「とにかくテープを抜き出せ!」

イジェクトボタンを連打するヒデ。だが無慈悲にもデッキ内にテープが引っかかり、抜き出すことさえできなくなっていた。残念ながらというか、少なくともこの場に神はいなかった。

 

「ムリだ!抜けねぇ!!」

「切っちまえ!」

力任せにテープを引っ張っていたヒデの横から、ニシオの手がハサミとともに差し出される。そしてテープを…切った!切ったテープはオレのシャツの中に…隠した!

 

語り継がれるふるさと

「たまきいるの!?友達きてんの!?いるなら開けてくれてもいいじゃん!」

母親のけたたましい足音が、徐々に近づいてきた。

 

「チャンネル変えないと!早く!!」

オレが呼びかけるや否や、素早くリモコンの入力切替を押す斉さん。画面表示に"NHK教育"と映し出されたのを見届けたその時、ふすまが開け放たれ…

 

「あんたら…なにやってんの…?」

開け放たれた薄暗い部屋…。制服姿の高校生たちが正座し対峙する画面には、爽やかな尾瀬の風景が映し出されていた。はるかな尾瀬…遠いそら…。